Mark the Moment(刻まれる瞬間) — 一期一会が紡ぐ、ONO alchemyの3周年

序章——時計が刻む時間と、心に刻まれる時間

古代ギリシャ人は、時間を二つの言葉で呼び分けていたそうです。

一つは「クロノス」。秒針が黙々と進んでいく、誰にとっても平等な時間。もう一つは「カイロス」。そこで何が起きたかによって、まったく違う重みを持つ、二度と同じ形では戻ってこない時間のことをいうのだそうです。

会場の壁にかかった時計は、たしかにクロノスを刻んでいました。15時50分に開場し、19時に幕を閉じる。数字だけを見れば、三時間十分。それだけのことかもしれません。

けれど、あの日その場にいた誰ひとり、この時間を「三時間十分だった」とは、きっと言わないだろうと思うのです。

2026年9月26日、ONO alchemyは3周年を迎えました。そしてこの日を境に、私たちは4年目の合言葉を掲げることにしました。

Mark the moment.

その瞬間を、刻む。忘れないために、ではありません。もう、忘れようがないほど、深く刻まれてしまっているからだと思います。

第一章——涙は、用意していませんでした

正直に打ち明けたいと思います。冒頭のご挨拶で、私は言葉に詰まってしまいました。

原稿には、そんなことは書いていませんでしたし、練習でも、こんなふうにはなりませんでした。それなのに、集まってくださった皆さまのお顔を、一人ずつ、順番に見つめさせていただいているうちに——喉の奥が、勝手に熱くなっていくのです。

ある方と目が合った瞬間、初めてお会いした地方のポップアップ会場の記憶が、ふいに蘇りました。別の方の眼差しの中には、初めて作品をお選びいただいたときの、あの緊張と喜びの入り混じった表情が、まだそのまま残っているように感じられました。

一人、また一人。目が合うたびに記憶が押し寄せてきて、気づいたときには、用意していた言葉より先に、涙の方が出てきてしまっていました。

千利休の「一期一会」という言葉を、これまで何度も、私自身の文章に引かせていただいてきました。同じ人と、同じ場所で、まったく同じ時間をもう一度過ごすことはできない、という教えです。

けれど、あの日ステージの上で、初めて本当の意味でわかった気がしています。一期一会とは、儚さを惜しむための言葉だけではないのかもしれません。今、目の前にいる誰かと本気で向き合わなければ、自分という存在すら、実は完成しないのだと——そんなふうに思えたのです。

ONO alchemyは、私一人では、ここまで来られませんでした。皆さまがいてくださったから、今の私がいます。あの涙は、悲しみでも達成感でもなく、ただその事実に、そっと触れた証だったのかもしれません。

第二章——二つの音が、ひとつに溶けていく場所

涙をこらえながら壇上を降りると、ヴァイオリンとクラリネットの音が、会場の空気をそっと押し広げていきました。

高く伸びやかなヴァイオリンと、包み込むように低いクラリネット。二つの音は、互いに主張を譲らないまま、それでも一つの旋律の中に溶け合っていきます。歓談ではなく、静けさの中でその音を聴いていらっしゃる皆さまの表情に、笑みとも涙ともつかない、柔らかな何かが浮かんでいたのを、今でも覚えています。

美しさとは、均一であることではないのだな、とあの数分間で気づかされました。異なる音、異なる性質を持つ二つのものが、消し合うのではなく、互いを際立たせながら重なっていく。そのとき初めて、ひとつの楽器だけでは届かなかった場所に、音が届くのかもしれません。

脳科学の分野では、音楽が記憶そのものの感情の色合いを塗り替える力を持つことが報告されているそうです。記憶を司る脳の部位と、感情を司る部位が、音楽を聴いているあいだ、密接に連動して動くのだといいます。

だとすれば、あの旋律とともに交わされた視線や、隣の方とそっと分かち合った沈黙は、ただの記憶ではなく、感情そのものとして、皆さまの中に刻まれていったのかもしれないと、私は思うのです。

第三章——古きものを壊し、良きものだけを鳴らす

演奏の余韻がまだ会場に残るなか、空気が一変する瞬間がありました。Amaterasさんのパフォーマンスです。

ラップと身体表現がひとつに溶け合ったその熱量は、先ほどまでの静けさを、一瞬で塗り替えてしまいます。会場のあちこちで、思わず前のめりになる方、拳を握る方、笑いながら肩を揺らす方。その熱に当てられながら、私はふと、ヒップホップという文化そのものが持つ哲学について、考えていました。

ヒップホップは、1970年代、ニューヨーク・サウスブロンクスの、決して恵まれてはいなかった街から生まれたといわれています。そこにあったのは、古いレコードの断片を、そのままではなく、切り取り、繋ぎ直し、まったく新しい音として鳴らし直す「サンプリング」という手法でした。過去のすべてを否定するのではなく、その中から本当に良いと思える一部分だけを選び取り、そこに新しい意味を吹き込んでいく。この営みは、単なる音楽技法ではなく、抑圧されてきた声を、新しい形で歴史につなぎ直す行為だったとも語られています。

既存の権威をそのまま受け入れるのでもなく、かといって、すべてを壊して更地にするのでもない。良いものだけを選び取り、そこに自分たちの言葉を乗せて、まったく新しいものへと作り替えていく。アンチテーゼでありながら、破壊だけでは終わらない。ヒップホップが体現してきたのは、そういうダイナミックな革新の哲学なのだと思います。

ONO alchemyが非対称のデザインにこだわり続けているのも、実はこの感覚に近いのかもしれません。宝飾の世界には、長い歴史の中で積み重ねられてきた「型」があります。私たちは、その型のすべてを否定したいわけではありません。ただ、型の中から本当に美しいと思える部分だけを引き継ぎながら、そこに自分たちなりの新しい解釈を重ねていきたい。既存の枠に、ただ従うのでもなく、ただ逆らうのでもなく。

あの日のパフォーマンスに、そんな私たちの姿勢と重なるものを、静かに感じていました。

第四章——正解のない場所で生まれる、ひとつの命

この時間、会場が最も大きくどよめいた瞬間がありました。林家楽三郎さんによる、紙切りです。

何を切るのか、その場にいる誰にも知らされていません。一枚の紙と一丁のハサミだけを頼りに、その場で手が動きはじめます。完成した瞬間、会場から「あっ」という小さな声が漏れ、それがやがて、大きな歓声に変わっていきました。

現れたのは——ONO alchemyのエンブレムキャラクター、「EMMUちゃん」でした。

正解が用意されていない場所で、その場の空気だけを頼りに、何もないところから何かを立ち上げていく。これほど贅沢な創造の瞬間を、私は他に知りません。

そのEMMUちゃんは、招待状番号で選ばれたお客様のもとへ贈られました。続けて、別のお客様お二人には、その場でリクエストをいただき、即興で紙が切られていきます。何が生まれるかは、切る本人にもわかりません。だからこそ、受け取った瞬間の驚きは、あらかじめ用意されたどんなプレゼントよりも、ずっと大きく膨らんでいたように感じています。

準備された感動には、限界があるのかもしれません。準備できない感動にだけ、人は本当の意味で心を動かされるものなのだと思います。

第五章——歴史あるメゾンと、まだ若いブランドの対話

2026年7月、私たちはマリアージュ フレール銀座本店にて、S.T. Dupontとの初めての共催イベントを開かせていただきました。

1872年創業、150年を超える歴史を持つフランスのメゾンと、創業からまだ3年のONO alchemy。一つの体験を共に作り上げると言葉にすれば美しいのですが、実際の道のりは、決して滑らかではありませんでした。異なる歴史、異なる文化、異なる仕事の進め方を持つ者同士が、一つの理想に向かおうとすれば、そこには必ず、すり合わせるべき小さな摩擦が生まれます。

それでも、あの夏の一日を経て、S.T. Dupontを率いる方と私たちのあいだには、言葉を超えた信頼が育っていたように思います。

3周年のこの日、S.T. Dupont × ONOのキャットウォークが、あらためてこの場所で実現しました。ファッションとジュエリー、まったく異なる二つの表現が、一つのランウェイの上で重なり合っていきます。

終演後、私はS.T. Dupontを率いる方と、あらためてこの取り組みについて言葉を交わしました。歴史あるメゾンが、なぜ、生まれたばかりの小さなブランドに、こんなにも時間を割いてくださるのだろう。その答えはきっと、私たちが同じように「本物」だけを追い求めてきたことへの、静かな敬意なのではないかと、私は感じています。

古いものと新しいものは、対立するために出会うのではないのだと思います。互いの歴史に敬意を払うところからしか、本当のマリアージュは生まれないのだと、あらためて教えていただいた気がしています。

第六章——弾ける笑顔と、始まっていた瞬間

この日、忘れられない光景がもうひとつありました。

長くONO alchemyを見守ってくださっているあるお客様が、この日のために、ご自身の手で、皆さまへの贈り物を用意してくださっていたのです。細やかな刺繍で「ONO」の文字が縫い込まれた、一枚のハンカチでした。詳しい事情は、ここには書けません。けれど、私たちが何かを差し上げる側だとばかり思っていたその日、実際に差し出されたのは、お客様の方からの想いでした。

針を一目一目通しながら、あの方は、いったいどんな時間を過ごしてくださっていたのだろう。そう思うと、それだけで胸がいっぱいになります。

そのハンカチを、誰の手に渡すか——会場では、じゃんけん大会という形で、皆さまと一緒に、その喜びを分かち合わせていただくことになりました。

「せーの」の掛け声に合わせて、あちこちで小さな笑い声が弾けます。負けてしまった方が悔しそうに肩を落とすと、隣にいらした見知らぬどなたかが、思わず「惜しかったですね」と声をかけてくださる。そして、ある方が勝ち残った瞬間——そのお顔に浮かんだ、弾けるような笑顔を、私は一生忘れないと思います。

気づけば、私はその方に駆け寄り、抱きしめさせていただいていました。どちらからともなく、目に涙が滲んでいました。言葉はいらなかったように思います。ただ、同じ喜びを、同じ瞬間に、同じだけの重さで分かち合わせていただけたということだけが、確かにそこにありました。

売る人と買う人という関係の中では、決して生まれない時間だったのだと思います。あの瞬間、会場にいらしたどなたも、勝っても負けても、同じだけ笑ってくださっていました。

抱擁を解き、涙を拭いながら、ふと、あることに気づかされました。「Mark the moment」という言葉を、私たちは今日、4年目のテーマとして初めて掲げました。けれど、この瞬間を迎えて、ようやくわかったことがあります。この言葉は、今日生まれたのではなかったのかもしれません。ONO alchemyが、まだ何も持っていなかった、あの最初の一歩の日から——ずっと、そこにあったような気がするのです。

一つひとつのポップアップで交わした会話。初めて手に取っていただいた、あの日の緊張。数え切れないほどの、名もなき瞬間の連なり。私たちは、気づかないうちに、ずっと「Mark the moment」を実践させていただいてきたのかもしれません。今日、ようやくそれに、言葉という輪郭をいただけただけなのだと思います。

親御さんと一緒に来てくださったお子さんの姿も、忘れられません。集合写真の中で、大人たちに混じって無邪気に笑うその顔を見たとき、家族というものは、血のつながりだけで決まるのではないのだと、あらためて感じさせていただきました。

「Wow」をお届けしたい。私たちはずっと、そう願い続けてきました。けれど気づけば、この日、何倍もの「Wow」を、皆さまの方からいただいていたように思います。

第七章——この日、新しく加わった宝物

会場の片隅に、一枚のメッセージボードを置かせていただきました。皆さまが、思い思いの言葉を書き残してくださる場所です。

そしてこの日は、それだけではありませんでした。もう一冊、別のノートもご用意させていただき、そこにも、たくさんの方が、愛にあふれた、心と魂に触れるような、あたたかい言葉を綴ってくださったのです。

ページをめくるたびに、胸が熱くなりました。一言一言に、皆さまがこの3年間、ONOと共に歩んでくださった時間の重みが、そのまま滲んでいるように感じられたからです。

デジタルの言葉は、流れていきます。通知が来て、画面をひらいて、読んで、また次の画面へと消えていく。けれど、手で書かれた言葉だけは、紙の上に留まり続けてくれます。インクの滲み方、筆圧の強さ、文字の揺らぎ。そのすべてに、書いてくださったその方の、その瞬間の心が、そのまま焼き付いているように感じるのです。

心理学の研究では、感謝の言葉を書き留める習慣が、人の心の回復力そのものを底上げすることが、繰り返し報告されているそうです。ある研究者は、感謝を意識的に育てる行為は、心の中に一種の免疫のようなものを築き、私たちが挫けそうになったときに、そっと支えてくれるのだと語っています。

このノートに綴っていただいた言葉の一つひとつは、私にとって、まさにその免疫のような、新しい宝物になりました。うまくいかない夜、判断に迷う夜、これで本当に正しいのだろうかと、眠れなくなる夜。そんなとき、私はきっと、このノートを開かせていただくのだと思います。一枚一枚のページをめくりながら、この日、皆さまが、どんな想いでペンを取ってくださったのかを、あらためて思い出させていただくのです。

そうしているうちに、不思議と、また立ち上がれる気がしてくる。今は苦しくても、最後にはきっと、笑える場所にたどり着ける——そう信じさせてくれる強さを、このノートは、これから先、いつも静かに手渡してくれるのだと思います。

宝物とは、値段のつくものだけを指す言葉ではないのかもしれません。この日、このノートに刻んでいただいた、一つひとつの手書きの言葉こそが、私のこれからの人生、そしてONOと皆さまが共に歩んでいくこの旅にとって、新しく加わった、かけがえのない宝物なのだと思います。

第八章——学び、変わるという決意

ここまで読んでくださった方に、正直に打ち明けたいことがあります。

2025年、私たちは2周年を迎えました。あのときの私たちは、まだ「何を出すか」ばかりを考えていたように思います。プログラムの中身、演出の派手さ、驚きの量——目に見える部分にばかり、意識が向いていたのかもしれません。

そして2026年7月、S.T. Dupontとのイベントを終えたあと、私たちは、率直で、時に厳しいお声をたくさんいただきました。称賛の言葉だけではありませんでした。至らなかった点へのご指摘も、逃げずに、一つひとつ受け止めさせていただきました。

そこから3周年までの日々、私たちが本当に向き合っていたのは、演出のアイデアではなかったように思います。もてなしとは何か、という、もっと根本的な問いでした。

リッツ・カールトンが掲げる「紳士淑女をもてなす、私たちもまた紳士淑女である」という思想に、何度も立ち返らせていただきました。書籍を読み返し、社外の専門家にも助言を求めました。そうして気づかせていただいたのは、最高のもてなしとは、目立つ演出の総量ではなく、目に見えないところでの、一人ひとりの判断力と誇りの総量なのだということでした。

だから今年、私たちは変えることにしました。何を出すかではなく、誰が、どんな覚悟でその役割を担うか。当日の勢いに頼るのではなく、一つひとつの動きに、理由と責任の所在を持たせること。

会場の隅々で、誰かが必ず、次の瞬間のために静かに動いてくれていました。困っていらっしゃるお客様がいれば、指示を待たずに、すでに誰かがそこにいる。お料理も、お飲み物も、途切れることなく、けれど押しつけがましくなく、そっと届けられていきます。

そのひとつひとつの判断は、それぞれの役割を任されたスタッフの、静かな誇りに支えられていたのだと思います。派手な役目ではありません。けれど、その誇りの連なりがなければ、この日のどの感動も、きっと成立しなかっただろうと感じています。

二年前の私たちには、まだこの発想がありませんでした。学び、変わろうとする覚悟を持てたこと——それこそが、この3周年で、いちばん大きく育たせていただいた部分なのかもしれません。

第九章——見えない手が、輝きを完成させる

エンドロールが流れはじめると、会場は自然と静かになりました。

この3年間の歩みを、音楽と映像で振り返る、わずか数分間。その裏側には、あまり語られることのない、もうひとつの物語があります。

ジュエリーという静かな物体は、実は、音や光や映像がなければ、その本当の輝きを人に届けることができないのだと思います。キャットウォークの光の中で煌めく瞬間も、旋律とともに手渡される瞬間も、誰かがその一瞬を切り取り、誰かがその音を選び、誰かがその光を当ててくれているからこそ、私たちの記憶に残る形になっていくのではないでしょうか。

ジュエリーの美しさは、ジュエリーだけでは完結しません。見えない手が、その輝きを、最後の最後でそっと完成させてくれているのだと、感謝せずにはいられません。

終章——涙があふれた、最後のご挨拶

エンドロールが終わり、マイクを持ってふたたび皆さまの前に立ったとき、私は、自分がこんなに泣くとは思っていませんでした。

「皆さま、本日は本当にありがとうございました」

そう言った瞬間から、もう声が震えていました。この3年間を振り返ると、楽しいことだけではなかったのです。悩んだ夜も、迷った瞬間も、思うようにいかず、ただ立ち尽くすしかなかった日も、数えきれないほどありました。それでも今、こうしてこの場所に立たせていただけているのは、間違いなく、皆さまがいてくださったからです。

そう言葉にした瞬間、こらえていたはずの涙が、堰を切ったようにあふれてきました。

会場を見渡すと、皆さまの中にも、同じように涙を拭っていらっしゃる方が、何人もいらっしゃいました。誰かが泣くと、その隣の方も、そのまた隣の方も、少しずつ涙腺がゆるんでいく。会場全体が、まるで一つの心でつながっているかのような、そんな不思議な一体感に包まれていました。

正直に申し上げます。この3年間で、いいえ、私の人生の中でも、これほど胸がいっぱいになった瞬間は、そう多くありません。想いがあふれて、言葉が追いつかなくなるあの感覚を、皆さまと同じ空間で、同じ瞬間に分かち合わせていただけたこと。それこそが、この3周年パーティーを、間違いなく、これまでで最高の一日にしてくれたのだと思います。

涙を拭いながら、それでも私は、笑顔で続けさせていただきました。

「4年目のテーマは、Mark the moment.」

これから先も、皆さまの人生の大切な瞬間——何かを決めた瞬間、何かを乗り越えた瞬間、新しい一歩を踏み出した瞬間に、ONO alchemyのジュエリーが、そっとそばにいられる存在でありたいと、心から思っています。

閉会のご挨拶が続くあいだも、私はまだ、涙の余韻の中にいました。それでも、その涙は、悲しみからのものでは、決してありませんでした。ただただ、幸せで、感謝で、胸がいっぱいだったからこそのものだったのです。

終わりに——4年目、そしてその先へ

会場の灯りが落ち、最後のお客様をお見送りしたあと、しばらく一人、静かな会場に立っていました。3年前、私はまだ何も持っていませんでした。それが今、こんなにも多くの方に囲まれ、こんなにも涙を流させていただける夜を迎えられるなんて、正直、想像していませんでした。

ここまで読んでくださったあなたも、もう、この物語の中にいらっしゃいます。

あの日交わした視線。旋律を聴きながら覚えた震え。誰かが一針一針込めてくださった想い。この日、新しくノートに刻まれた、一つひとつの手書きの言葉。そして、最後にあふれた、あの涙。それらはすべて、あなたの中にも、ひとつのカイロスとして、静かに刻まれているはずだと、信じています。

3年間、本当にありがとうございました。そして4年目のONO alchemyも、どうぞよろしくお願いいたします。

Mark the moment.

Boundary has no limit——境界に、限りはありません。

— あなたの中の、あの瞬間へ —

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