Back to the Source(原点) — 音楽が、生まれた土地へ還るとき

序章——音楽が生まれる、その土地で

北千住という街には、実はあまり知られていない顔があります。この街には、東京藝術大学音楽学部の校地があるのです。上野の華やかな本キャンパスから少し離れたこの地で、藝大の若者たちは日々、音づくりと静かに向き合い続けています。まだ誰にも聴かれる前の、生まれたばかりの音楽が、この街の空気の中に、確かに息づいています。

そしてこの日、ヴァイオリンを届けてくださった原田せなさん、チェロを届けてくださった河野明敏さん、そしてクラリネットを届けてくださった阿部寛己さん。実は阿部さんご自身も、この藝大の出身でいらっしゃいます。

前夜、銀座で行われた3周年パーティーの興奮は、まだ胸の奥に残っていました。華やかな舞台、鳴りやまない拍手、キャットウォークの光——あの熱気を抱えたまま迎えた、翌日の静かな日曜日。その舞台は、阿部さんにとって、かつて音楽とひたむきに向き合う日々を過ごした、この北千住という土地でした。

大きな舞台で鳴らされた音が、その音が生まれた土地へと、静かに還っていく。まるで川の水が、いつか海から、もとの源流へと立ち返るように。この日の演奏は、私たちにとって、そんな「還る」時間だったように思います。

この記事では、そんな土地の記憶とともに奏でられた曲それぞれの背景と、そこから受け取った、心明るくなる示唆を、一曲ずつ辿ってみたいと思います。

第一章 愛の挨拶——値札のつけようがないほど、幸福な贈り物

演奏は、エルガー作曲「愛の挨拶」から始まりました。

この曲は、1888年、当時まだ広く名を知られていなかった作曲家エドワード・エルガーが、婚約者キャロライン・アリスへの婚約記念として書き上げた小品です。当初は、彼女がドイツ語に堪能だったことから「Liebesgruß(愛の挨拶)」と名付けられ、後にフランス語の「Salut d'Amour」として出版されました。

この曲には、心が明るくなる逸話が残っています。一人の作曲家が、たった一人の女性のために書いた、ごくささやかな贈り物が、130年以上の時を越えて、世界中の結婚式や、大切な記念日で奏でられる、不朽の名曲へと育っていきました。国も言葉も違う、数えきれないほどの人々の愛の瞬間に、今もこの旋律は寄り添い続けています。

本当に価値のあるものは、値札のつけようがないほど、尊いものなのだと思います。だからこそ、その価値は、一つの時代や一つの国におさまりきらず、こうして時を越え、国境を越え、世界中に届き続けているのではないでしょうか。

ジュエリーも、同じかもしれません。石そのものの価格と、それが誰かの人生に刻む意味は、まったく別の物差しで測られるべきものです。皆さまがこれから大切な方に贈るどんな小さな一言も、どうか、時間を越えて響き続ける、幸福な贈り物として、大切にしていただけたらと思います。

第二章 美女と野獣——見る側の眼差しが、美を完成させる

続いて奏でられたのは、「美女と野獣」の旋律でした。

この物語の原型は、18世紀フランスの作家ヴィルヌーヴ夫人が書いた長編童話にまで遡るといわれています。当時、多くの女性が親の意向で見知らぬ相手と結婚を約束させられていた時代背景の中で、この物語は、見た目では判断できない相手の中に、真実の価値を見出す力を、若い読者に伝えるために書かれたのだといわれています。

この物語の本当の魔法は、野獣が王子に姿を変えることではないのかもしれません。むしろ、ベルという一人の女性が、外見の奥にある誠実さを見抜く目を持っていたこと——見る側の眼差しこそが、美しさを完成させる、という点にこそ、本質があるように思います。

ジュエリーという仕事をしていると、つい、石そのものの輝きにばかり目が向きがちです。けれど、本当に人の心を動かす輝きは、その石を選んだ理由や、贈る相手への想いといった、見る側が注ぐ眼差しの中にこそ宿るのだと、この旋律を聴きながら、あらためて胸に刻んでいました。

皆さまが日々出会う人や物事の中にも、まだ気づかれていない美しさが、きっと眠っています。その美しさに気づけるかどうかは、実は、皆さまご自身の眼差し次第なのかもしれません。

第三章 そらんじ——そらで思い出せる記憶が、人を前へ進ませる

この日、忘れてはならない一曲があります。「そらんじ」です。

この曲は、Mrs. GREEN APPLEのボーカル・大森元貴さんが作詞・作曲を手がけ、2022年、映画『ラーゲリより愛を込めて』の主題歌として書き下ろされました。この映画は、シベリア抑留という、想像を絶する過酷な環境の中でも、家族への想いと、生きる希望を手放さなかった、実在の人物の物語を描いています。

曲名の「そらんじ」は、「諳んじる」——書かれたものを見なくても、心の中でそらで唱えられるようにする、という言葉に由来するといわれています。どれほど厳しい状況の中でも、大切な人の顔や言葉を、そらで思い出せること。それこそが、人が困難を乗り越えていくための、静かな、けれど確かな支えになるのだと、この曲は伝えているように思います。

実はこの旋律は、前夜の3周年パーティーでも、大切な場面で流れていました。一つの曲が、二つの夜をまたいで、同じ想いを運び続けている。困難な時代を懸命に生き抜いた誰かの記憶と、今この瞬間を生きる私たちの記憶が、一つの旋律の中で、静かに重なり合っていたのかもしれません。

どれほど離れていても、心に刻んだ大切な人やことを、そらで思い出せる限り、人はきっと、前を向いて歩き続けられる。皆さまの心の中にも、いつでもそらんじられる、あたたかな記憶がありますように。

第四章 花は咲く、星に願いを——非力を抱えたまま、なお祈るということ

続けて、「花は咲く」「星に願いを」という、祈りにも似た二曲が奏でられました。

「花は咲く」は、東日本大震災の翌年、2012年に、NHKの復興支援プロジェクトとして生まれた楽曲です。作詞を手がけた映画監督の岩井俊二さんは、震災という悲劇の大きさに比べて、個人にできることはあまりに非力で微力だと感じながらも、それでも何かできることはないかと、この曲に向き合ったと語っています。作曲は菅野よう子さんが手がけ、被災地にゆかりのある34組もの歌手や俳優が、リレー形式で歌い継ぎました。

無力さを自覚しながらも、それでも祈り、それでも歌う。その姿勢そのものが、この曲の本当のメッセージなのだと思います。何もかもを失ったように見える場所にも、季節がめぐれば、また花が咲く。うまくいかない時期があっても、種を蒔き続けていれば、いつか必ず花は咲く——そう信じることこそが、私たちがこの3年間、ずっと大切にしてきた姿勢でもありました。

そして「星に願いを」は、1940年のディズニー映画「ピノキオ」のために書かれた楽曲です。この曲が語りかけているのは、単に願えば叶うという話ではありません。物語の中で、木の人形が本当の人間になれたのは、正直で、勇敢で、他者を思いやる心を持ち続けたからでした。心から願うという行為そのものが、その人自身を、少しずつ、願いにふさわしい人へと変えていくのだと思います。

皆さまがこれから思い描く夢も、ゆっくりと、けれど確かに、花開いていきますように。

一輪の花から始まった、心のつながり

演奏の合間、心があたたかくなる出来事がありました。

前夜の3周年パーティーで、お誕生日をお祝いさせていただいたお客様がいらっしゃいます。実はその方が、あの日お贈りした花束を、会場にそのまま置き忘れていらしたのです。

その花束を見つけてくださったのが、3周年パーティー会場で働く、とても素敵な女性スタッフの方でした。忙しい中、花を大切に水に生け、丁寧に保管してくださっていたのだそうです。

このことを知り、花を置き忘れてしまわれたご本人のお気持ちを思うと、このままにはしておけませんでした。お帰りになる前に、もう一度、心から元気の出るお祝いをお届けしたい。そう考え、この日、あらためて新しいブーケをご用意し、前夜のエピソードと、この花を見つけ、大切に守ってくださった方との、新しい出会いの物語を添えて、お渡しさせていただきました。

お受け取りになったお客様の表情は、驚きから、じんわりとした喜びへと変わっていきました。前日、思いがけず生まれたひとつの出来事が、まったく新しい花として、もう一度、その方の手元に還っていく。一度は途切れかけたご縁も、誰かの心遣いによって、思いがけない形で、もう一度結び直されることがあるのだと、静かに教えられた気がしました。

見ず知らずだったはずのお二人が、一輪の花をきっかけに、あたたかな言葉を交わし合う。その光景を見つめながら、私はほっと、心が和むのを感じていました。ちょっとしたバースデーセレモニーのような、あたたかなひとときでした。

第五章 無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード——誰も気づかなかった価値を、見出すということ

歓談のひとときを経て、ここから先は、チェロという楽器が、主役を務めてくれました。

最初に奏でられたのは、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番、プレリュードです。この楽譜には、心躍る発見の物語があります。1890年、当時13歳だったチェリストのパブロ・カザルスは、父親とともに訪れたバルセロナの古い楽譜店で、埃をかぶったこの楽譜を偶然見つけました。当時、この組曲は、単なる技術練習用の教材程度にしか見なされていませんでした。しかしカザルス少年は、そこに紛れもない傑作を見出したのです。彼はその後12年間、人前で演奏することなく、ただ毎日この曲と向き合い続け、ようやく25歳になってから、初めて公の場で演奏しました。

誰からも見過ごされてきたものの中に、本当の価値を見出す目。そして、その価値を確信してもなお、慌てて世に出すのではなく、じっくりと自分のものにしていく忍耐。この逸話は、美しいものが、いつか必ず、それを見出せる人と出会えることを、教えてくれているように思います。

ONO alchemyもまた、3年前、まだ誰にも知られていない、たった一人の小さな声から始まりました。伴奏を持たない、一本の声。すべての物語は、そうした始まりから生まれるのかもしれません。

皆さまの周りにも、まだ誰も気づいていない価値が、きっと静かに眠っています。それを急かさず、時間をかけて見つめ続けることこそが、本当に豊かな人生をかたちづくっていくのだと思います。

第六章 Lemon——記憶が、世代を越えて受け継がれるとき

続いて奏でられたのは、「Lemon」という現代の楽曲でした。

この曲は、テレビドラマ「アンナチュラル」の主題歌として、米津玄師さんが書き下ろした作品です。歌詞は、詩人・高村光太郎が、亡き妻への想いを綴った「レモン哀歌」、そしてそこから着想を得た茨木のり子さんの詩の系譜を受け継いでいるともいわれています。

一人の詩人が紡いだ言葉が、別の詩人の心を動かし、さらにその言葉が、時代を越えて、一人のミュージシャンの新しい旋律として生まれ変わる。想いというものは、こうして世代を越え、姿を変えながら、受け継がれ、育っていくものなのかもしれません。

ジュエリーもまた、同じ性質を持っているように思います。一つの石は、ただ美しいだけの装飾品ではなく、ある方にとっては、かけがえのない記憶そのものです。そしてその石は、いつか次の世代へと受け継がれ、また新しい物語を紡いでいきます。

大切な記憶を胸に抱きながら、人は、その先へと、より深く、より豊かに歩んでいけるのだと思います。

第七章 Julie-O——伝統を継ぎながら、そこから跳躍するということ

この日の演奏の最後を飾ったのは、「Julie-O」という楽曲でした。

作曲者のマーク・サマーさんは、もともとクラシックの正統な訓練を受けたチェリストでした。けれど、ジャズやブルーグラスといった即興音楽の世界に惹かれ、伝統的な弦楽四重奏の概念を覆す、革新的なグループの創設に加わります。

そして、この曲の根底に流れているのは、実は、先ほどのバッハの分散和音の書法だといわれています。伝統的な語法を土台にしながら、そこにジャズのリズムや、打楽器的な奏法を重ね、チェロという楽器の可能性を、限界の少し先まで押し広げていく。型を知り尽くした者だけが、型を美しく、軽やかに壊すことができるのだと、この曲は教えてくれます。

ONO alchemyが非対称のデザインにこだわり続けているのも、実はこの精神と、どこか重なるものがあります。受け継いだものを土台にしながら、そこから一歩、軽やかに跳躍してみる。

皆さまの人生にも、伝統や習慣を大切にしながらも、時にはそこから跳躍する勇気が、思いがけず明るい未来への扉を開いてくれることがあるはずです。

第八章 一皿ごとに紡がれる、もう一つの調べ

音楽と同じくらい、この日を彩ってくださったのが、Royal Steakさんのお料理でした。

彩り豊かなサラダから始まり、あたたかなスープ、パスタ、ハンバーグ、そしてじっくりと焼き上げられたステーキ。ふわふわのかき氷と、繊細なデザートで締めくくられる、そのコースの流れは、まるで一つの組曲のようでした。

前菜は静かな導入で、メインは力強い主題で、そしてデザートは、余韻を残す終楽章のように。料理人の方が、一皿一皿に込めてくださった真心が、順番と間合いによって、一つの物語として紡がれていく——お料理もまた、音楽と同じ表現なのだと、あらためて教えていただいた気がしています。お食事に舌鼓を打ちながら、すぐそばで生まれる音に耳を傾ける——味覚と聴覚、その両方が満たされていく感覚は、なかなか他では味わえない贅沢だったように思います。

終章——この日、あらためて確信した夢

前夜の華やかな時間とは違う、もう一つの3周年の形を、この日、皆さまとご一緒させていただきました。

エルガーが世界中に届けた、値札のつけようがない愛。ベルが見出した内側の美。二つの夜をまたいで運ばれた、そらで唱えられる記憶。震災の非力さを抱えながらも歌われた祈り。カザルス少年が見出した、誰も気づかなかった価値。世代を越えて受け継がれた想い。そして、伝統を土台にしながら軽やかに跳躍した音。この日奏でられた旋律は、それぞれまったく違う時代、違う国、違う背景から生まれていながら、すべてが、同じ一つの真理を、明るく指し示していたように思います。本当に価値のあるものは、時間や国境を越えて、必ず誰かの心に届く、ということです。

実は、この日よりもずっと前から、私の中で温め続けてきた一つの構想があります。いつか、音楽をはじめとする芸術を支える財団を築き、まだ見ぬ可能性を秘めた、次の世代の若者や子どもたちの才能に光を当て、その力を目一杯引き出せる場所を作りたい、という夢です。

そしてこの日、もう一つ、あらためて強く心に決めたことがあります。阿部寛己さんが奏でるクラリネットの世界は、本当に美しく、奥行きに満ちています。すでに確かな実力と表現を持つこの世界を、もっと多くの方に知っていただきたい。その想いから、阿部さんの後援会を立ち上げさせていただくことになりました。

一人の優れた表現者が紡ぐ世界を、一人でも多くの方に届けること。そして、まだ見ぬ可能性を秘めた次の世代に、光を当て続けること。この二つは、まったく別の話でありながら、根っこのところで、同じ一つの願いにつながっています。良いものを、より多くの人に。可能性を、閉じたままにしないこと。ジュエリーという小さな一点から始まった私たちの物語が、いつか、日本を、そして世界を、ほんの少しずつでも、良い方向へと切り拓いていく力になれたなら——それこそが、私たちが心から願っていることです。

ONO alchemyが音楽の時間を大切にし続けているのは、ジュエリーと音楽には、どこか通じるものがあると信じているからです。この想いから、これからも定期的に、こうしたリサイタルを開いてまいりたいと思います。音楽がお好きな方はもちろん、少し日常を離れて、美しいものにそっと身を委ねる時間を過ごしたい方にも、気軽に足を運んでいただけましたら嬉しく思います。

また皆さまと、美しい音色と、あたたかな一皿、そして大きな夢とともに、心に残る時間をご一緒できますことを、楽しみにしております。

Mark the moment.

Boundary has no limit——境界に、限界はない。その先にある、感動の瞬間を。

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